大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)24999号 判決

原告

三好冨美代

被告

岡﨑成三

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二九五四万九二六八円及びこれに対する平成八年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余は、被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自、原告に対し、金七一七三万七〇八五円及びこれに対する平成八年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交通事故により死亡した被害者の遺族である原告が被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

1  本件交通事故の発生

訴外中川健太郎(昭和五〇年九月一二日生。以下「健太郎」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により平成八年四月二九日午前二時〇二分脳挫傷により死亡した(当時二〇歳。甲二の3、三)。

事故の日時 平成八年四月二九日午前零時三五分ころ

事故の場所 東京都西多摩郡奥多摩町小丹波五五六番地先T字路交差点路上(別紙交通事故現場見取図参照。以下、同交差点を「本件交差点」といい、同図面を「別紙図面」という。)

加害車両 普通乗用自動車(八王子五六ゆ七八二)

右運転者 被告岡﨑成三(以下「被告岡﨑」という。)

右所有者 被告庭山トシ子(以下「被告庭山」という。)は、加害車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していた。

被害車両 自動二輪車(多摩と九八六二)

右運転者 健太郎

事故の態様 本件交差点を右折進行中の加害車両と直進進行中の被害車両とが衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  損害賠償請求権の相続等

原告は、健太郎の実母であり、本件事故に基づく健太郎の被告らに対する損害賠償請求権を相続した(甲二の1ないし4、一五、弁論の全趣旨)。

3  損害の一部填補

原告は、自賠責保険から三〇〇二万九三〇〇円の填補を受けた(甲一四)。

三  本件の争点

本件の争点は、本件事故の態様(被告らの責任)と原告の損害額である。

1  本件事故の態様(被告らの責任)

(一) 原告の主張

(1) 被告岡﨑は、飲酒運転をしていた上、本件交差点に進入するに際し、一時停止し、右方の確認をすべきであるのにかかわらず、これを怠り、漫然進行した過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、健太郎及び原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告庭山は、加害車両の保有者であるから、自賠法三条本文に基づき、健太郎及び原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告らの認否及び反論

(1) 被告岡﨑について(無過失)

被告岡﨑に右方の安全確認義務違反の過失があるとする点は否認する。

被告岡﨑は、完全には一時停止をしていないが、その後、本件交差点手前において左右の安全を確認の上、減速して交差点に進入したものであり、被告岡﨑が被害車両を発見したとき、加害車両は既に右折状態にあり、被害車両が加害車両発見後、左車線に入ることは容易であったというべきところ、健太郎は、見通しの悪い本件交差点に時速七〇キロメートル以上の速度で進入し、加害車両を発見後あわてて急ブレーキを掛けたため、車体のコントロールができなくなった結果、センターラインを越えて加害車両に衝突して本件事故が発生したものであるから、被告岡﨑に過失はなく、同人に民法七〇九条の責任はない。

(2) 被告庭山について(免責)

本件事故において、被告岡﨑は加害車両の運行に関し注意を怠らず、健太郎に速度制限違反とブレーキ操作不適切の過失があり、かつ、加害車両に構造上の欠陥及び機能上の障害はなかったから、被告庭山は、自賠法三条但書により免責である。

(3) 被告両名について(過失相殺)

仮に被告岡﨑に過失があるとしても、健太郎には前記(1)の過失があるから、健太郎及び原告の損害額を算定するに当たっては、右過失を三〇ないし四〇パーセント程度斟酌すべきである。

2  原告の損害額

(一) 原告の主張

原告は、次の(1)ないし(8)の合計一億一二〇五万二七四四円から過失相殺一五パーセント分と自賠責保険による填補額とを控除した六五二一万五五三二円に(9)を加算した七一七三万七〇八五円を請求する((6)、(7)及び(8)のうち、健太郎の死亡慰謝料が同人の損害であり、その余は原告固有の損害である。)。

(1) 葬儀費用 二〇八万八六四七円

(2) 墓石代 七三四万八一八一円

(3) 仏壇購入費 九三万五九七六円

(4) 文書(五通) 料 合計九九一〇円

(5) 車両運搬費 六万八三〇〇円

(6) 物損(被害車両、ジャンパー、手袋、靴) 合計三五万〇〇〇〇円

(7) 逸失利益 七〇二五万一七三〇円

健太郎は、本件事故当時、訴外株式会社タイセイに勤務する会社員であったが、転職を繰り返しており、年齢も若く、逸失利益を算定するに当たり、本件事故当時の実収入を基礎にするのは相当でないから、賃金センサス平成七年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均年収額である五五九万九八〇〇円を基礎とし、また、実母夫婦と同居し、生活費の大半を負担していたから、生活費控除率を三〇パーセントとして、事故時から六七歳まで四六年五月の逸失利益をライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると、右金額となる。

(8) 慰謝料 合計三一〇〇万〇〇〇〇円

本件事故による慰謝料としては、健太郎の死亡慰謝料として二六〇〇万円(一家の支柱に準じて考えるべきである。)、原告固有の慰謝料として五〇〇万円とするのが相当である。

(9) 弁護士費用 六五二万一五五三円

(二) 被告の認否

原告の損害額のうち、(4)文書料、(6)物損については認めるが、その余については、いずれも争う。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様(被告らの責任)について

1  前記争いのない事実に、乙一、二、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点付近の状況は、概ね別紙図面に記載のとおりである。

本件交差点は、棚沢方面から青梅市街方面に向かう国道四一一号線(通称青梅街道)と、奥多摩山間からの道路とが交差する、信号機により交通整理の行われていないT字型交差点である。

青梅街道は、車道幅員約七メートルの片側一車線の道路であり、中央線が標示されているほか、両側には歩道が設けられており、青梅市街に向かい約二パーセントの下り勾配になっている。

青梅街道は、最高速度が三〇キロメートル毎時に制限されているほか、追い越しのための右側はみ出しが禁止されている。

奥多摩山間からの道路は、一時停止規制がされており、その旨の道路標識は、通常の運転時容易に見ることができる。

奥多摩山間からの道路は、本件交差点に向かい約一四・五パーセントの下り勾配になっている。

青梅街道の照明は、水銀灯があり、明るい。

青梅街道、奥多摩山間からの道路からの見通しは、いずれも前方の見通しはよいが、本件交差点入口の左右に高さ約二・七メートルの石垣があり、左右の見通しは悪く、約六五メートルまでしか見通せず、カーブミラーが設置されている。

本件交差点の道路は、アスファルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時乾燥していた。

本件事故後、本件道路の路面に長さ約一九・五五メートルのスリップ痕が印象されていた。

(二) 被告岡﨑は、本件交差点をよく通行し、道路の状況はよく知っていた。

被告岡﨑は、本件事故当日、自営する焼き鳥店を午前零時過ぎまで営業した後、客を自宅に送り届け、帰宅するため、被告庭山を同乗させ、加害車両を運転し、奥多摩山間からの道路を時速約一〇キロメートルで進行中、別紙図面の〈1〉地点において右折の合図を出し、カーブミラーを見たが、車両はなかったようであったことから、一時停止しないまま、同図面の〈2〉地点において約二五キロメートルに加速しながら右折を開始し、同図面の〈3〉地点に来たところ、同図面の〈ア〉地点に、スリップして車体が左右に振れながら、センターラインを越えてきた被害車両を発見したため、早く反対車線に入ろうとして左にハンドルを切るとともに、ブレーキを掛けたが、間に合わず、同図面の〈×〉地点(加害車両は〈4〉地点)において、加害車両の右前部と被害車両が衝突した。衝突後、衝撃により加害車両は左に押され、同図面の〈5〉地点に停止し、健太郎は〈ウ〉地点に転倒し、被害車両は同図面の〈エ〉地点に停止した。

被告岡﨑は、本件事故の前日午後八時過ぎころ、客に勧められてビール中ジョッキ一杯を飲んでおり、本件事故後の飲酒検知の際、アルコール分が検出された。

被告岡﨑は、休日等には青梅街道を走行する自動二輪車等が多いのを認識していた。

(三) 健太郎は、本件事故の前日午後一一時三〇分ころ、訴外野口尚希(以下「野口」という。)と二人で奥多摩湖にツーリングに行き、午前零時二〇分ころ、被害車両を運転し、健太郎が先行して青梅街道を時速約七〇キロメートルで進行中、本件事故に遭遇した(なお、被害車両の速度について被害車両のスリップ痕が約一九・五五メートルであったことからすると、計算上は六〇キロメートル以上であることは疑いがなく、これに後続車両の運転者である野口の供述等をも総合すれば、概ね時速七〇キロメートル程度であったものと認められる。)。

被害車両はエンジンを掛けると自動的に前照灯が点灯する構造になっており、本件事故当時も点灯していた。

(四) 本件事故の原因について

被告岡﨑が被害車両を発見した際(別紙図面の〈3〉地点)、すでに被害車両はスリップを始めていることからすると(同図面の〈ア〉地点)、本件事故は、健太郎が加害車両を発見した際、同車両が本件道路の健太郎進行車線をほぼ閉塞した形になっていたため、これに驚いて急制動するとともに、衝突を避けるため、反対車線に入ろうとしたところ、加害車両の方も進行を続けたため、これらが競合して本件事故が生じたものと認められる。

2  右の事実をもとにして、本件事故の態様について検討するに、本件事故は、信号機により交通整理の行われていないT字型交差点における右折進入の四輪車と直進単車との事故であるが、被告岡﨑は、飲酒の上、交差道路である青梅街道が優先道路であり、左右の見通しが悪いのを知りながら、一時停止しなかったばかりか、交通量が少ないことから左右の安全確認を十分せず、漫然本件交差点に進入した点に過失があることは明らかであり、健太郎にも過失があることは否定できないとしても、被告岡﨑に過失責任があることは免れない(したがって、被告岡﨑が民法七〇九条に基づき、健太郎及び原告に生じた損害を賠償すべき責任があるのはもとより、被告庭山について自賠法三条但書の免責は認められず、被告庭山は、自賠法三条本文に基づき、健太郎及び原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。)。

他方、健太郎としても制限速度を三〇キロメートル以上上回る速度で進行したため、ハンドル操作を適切に行えなくなった結果、スリップして、反対車線にはみ出した点に過失がある。

そして、健太郎、被告岡﨑双方の過失を対比すると、その過失割合は、健太郎二〇、被告岡﨑八〇とするのが相当である。

二  原告の損害額について

1  葬儀費用(墓石代、仏壇購入費を含む。) 一二〇万〇〇〇〇円

甲一〇、一一(各枝番を含む。)、一五によれば、原告が健太郎の葬儀を挙行し、その費用を負担したほか、墓石、仏壇等を購入したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として被告らに負担させるべき金額としては、墓石代、仏壇購入費を含めて一二〇万円と認めるのが相当である。

2  文書(五通)料 合計九九一〇円

当事者間に争いがない。

3  車両運搬費 六万八三〇〇円

甲九の1、2により認められる。

4  物損(被害車両、ジャンパー、手袋、靴) 合計三五万〇〇〇〇円

当事者間に争いがない。

5  逸失利益 五〇三四万五〇〇一円

甲七の1ないし4、一五、弁論の全趣旨によれば、健太郎は本件事故当時、訴外株式会社タイセイに勤務する会社員であったが、死亡時二〇歳であり、就労先が未だ安定せず、転職の可能性を否定できないから、賃金センサス平成七年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均年収額である五五九万九八〇〇円を基礎とし、生活費控除率を五〇パーセントとして(本件事故当時、健太郎にとり、原告とその夫は必ずしも被扶養者に当たらないから、生活費を三〇パーセントとするのは相当でない。)、事故時から六七歳まで四七年間の逸失利益をライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると、次式のとおり、五〇三四万五〇〇一円(一円未満切り捨て)となる。

5,599,800円×(1-0.5)×17.9810=50,345,001円

6  慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

本件事故による慰謝料としては、健太郎の死亡慰謝料として原告固有の慰謝料分を含めて二〇〇〇万円(一家の支柱に準じて考えるのは相当でない。)とするのが相当である。

7  合計 七一九七万三二一一円

三  過失相殺

前記一2記載の過失割合に従い、健太郎及び原告の損害額から二〇パーセントを減額すると(原告固有の損害については被害者側の過失として斟酌する。)、残額は、五七五七万八五六八円となる。

四  損害の填補

甲一四によれば、原告が自賠責保険から三〇〇二万九三〇〇円の填補を受けたことが認められるから、右填補後の原告の損害額は、二七五四万九二六八円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を総合すると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、二〇〇万円と認めるのが相当である。

六  認容額 二九五四万九二六八円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、被告ら各自につき、二九五四万九二六八円及びこれに対する本件事故の日である平成八年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項本文を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

現場見取図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例